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2015年10月27日

「流動する」小さな共同体の強さ

master (2015年10月27日 17:01) | トラックバック(0)
o0800060011374844861.jpg東京都心は今日も晴れています。みなさま、いかが過ごしですか。

こんにちは。穎才学院教務です。

働くこととは、どういうことなのか。チーム(組織)とは、どういうものなのか。

健やかな労働と個人の権利について、世の中では経営者も労働者も大切なものを見失いつつあります。

1960年代なかばから1970年代はじめにかけて、『昭和残侠伝』という映画シリーズがヒットを飛ばしました。高倉健さんが主人公・花田秀次郎を演じた東映仁侠映画シリーズの傑作です。

極道の世界に全く縁の無い少年たちが、映画館にどっと押し寄せ、しばしば劇場は立ち見でいっぱいになるほどだったと聞いています。

いったい当時の少年たちの心をうったのは『昭和残侠伝』という物語の何だったのでしょうか。

それは、政治的な「大義」や「正しさ」より、国家の「利益」や「威厳」より、寝起きを共にし、飯を一緒に食い、酒を酌み交わし、祭りや葬儀を共にする身近な小集団を大切にする主人公の心意気です。

当時は、「戦後」が終わり、高度経済成長の絶頂にあった時代。日本人全員が「自分がよければそれでいい」という自己利益を最優先する生き方をチョイスするようになっていました。確かにそのような安全で豊かな社会においては、私たちは特に誰にも頼る必要が無い。

でも、私たちは少しずつ「自分さえよければそれでいい」という生き方にウンザリしてきました。強い者が弱い者のために頑張る。仲間のために身体を張る。そのような生き様に私たちは再び心ひかれはじめたのです。

そうして登場したのが『ONE PIECE』の主人公、モンキー・D・ルフィでした。ルフィは物語の中の巨大勢力である「世界政府」にも「海軍」にも属しません。

世界政府には世界政府の道理や秩序がある。海軍には海軍のそれがある。そして、それぞれの道理や秩序には、それぞれの筋がきちんと通っている。その点で、確かにその道理や秩序には一理あるのだが、でも一理しかない。だから、ルフィたち「麦わらの一味」は彼らの道理と秩序を大切にするのです。

いろいろなものが共生していて、対立があったり和解があったり、同盟があったり裏切りがあったりする社会。それぞれのメンバーが次の瞬間にどんな行動を選択するのか、誰も上手く予測することなどできず、ワクワクドキドキしながら生活できる社会。

ルフィが目指しているのはそのような世界です。それはひとことで言えば「海賊」の世界。

それぞれのメンバーにはそれぞれの夢や目標があっていいし、短所や問題点があって良い。みんなが、それぞれの持ち場で、それぞれ好きなことをやっている。でも、そのメンバーの誰一人として「自分さえよければそれでいい」とは思っていない

「麦わらの一味」のメンバーたちは、一人ひとりが固有の物語を持っています。彼はここにたどりつく前にどこでどのようなことをしていて、そしてどこへ行こうとしているのか。彼女はここにやってくる前にどんな人として誰に知られていて、そしてこれから何をしようとしているのか。そういった物語が、「サンジ」にも「ナミ」にも「チョッパー」にもあるのです。

彼らはどこかからやってきて、いま海賊船(サウザンドサニー号)に乗り合わせている。そんな彼らはいつか、ここではないどこかへ旅立つでしょう。ルフィとの冒険の後も、彼らはそれぞれに素敵な物語を生き続ける。そんなことを予祝(予めお祝いする)のが、麦わらの一味の心意気なのです。

どんなに正しい主張に基づいていても、ただ1つの論理によって集団を束ね固定するのは邪悪です。それは、そのような束縛や固定が人間の生命力を損なうからです。

人間は常に変化するものであり、運動するものです。子供たちを型にはめてはいけません。大人を何かに縛りつけてはいけません。不安定であり、流動的であり、活動的な方が、ドキドキワクワクするのです。

正義や秩序は確かに私たちの世の中に必要です。でも、それだけでは生命は枯れて死んでしまいます。そのことを私たちは忘れてはいけないと思います。

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