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2014年8月12日

2014夏期合宿、テーマは「共に生きる」です。

master (2014年8月12日 12:29) | トラックバック(0)
みなさま、こんにちは。暑い日が続きますが、お変わりありませんか。
穎才学院では、8月15日より18日まで長野県志賀高原へ夏期合宿に行きます。
合宿のテーマは、昨年に続き、誰かと「共に生きる」です。

私たちは、自分以外の誰かのために生きるとき、自分以外の誰かと共に生きるとき、大きな力を発揮する。

という、クロード=レヴィ=ストロース先生の教えに基づいて、私たちは3泊4日の共同生活を行います。

「自分以外の誰かのために生きるとき、私たちは大きな力を発揮する」というのは、2014年上半期に大ヒットしたディズニー映画『アナと雪の女王』のキー・テーマです。スヴェンはクリストフのために、クリストフはアナのために、アナはエルサのために…。それぞれが、自分以外の誰かのために生きることを(自分で選んだわけではないのだけれど)引き受ける物語は、私たちの心に強く響きました。

私たちが生きる上で大切なことは、共に生きる誰かとのシンクロニシティ―(共時性)と高めることです。日本の夏に欠かせない「夏祭り」の多くは、このシンクロニシティ―の強化を目的としています。村人・町人がお囃子に合わせて同じ踊りを繰り返したり、山車やねぶたのような大きな構造物を力を合わせて引き回したりするのは、共同体を構成する仲間とのシンクロ率を高めるためだ、と言われています。私たちは、うっかり仲間とのシンクロニシティーの強化をおろそかにしてしまうと、平和で豊かな時は良いものの、緊急時に於いて生存確率を著しく低下させてしまうのです。狩りにおいて、肉食動物が狙うのは、群れから離れた生き物です。仲間とのシンクロを欠かすことは、私たちにとって、死の淵に歩みを進めることとほとんどイコールだといえるでしょう。

実は、学校や大学の入学試験を突破するときにも、このシンクロニシティ―の高さは欠かせません。

学校や大学の心ある教員たちは、生徒・学生を未熟から成熟へと導くことが自身の務めである、と考えています。ですから、学校や大学には集団行動を基本とする学校行事や合宿があるのです。そのような場での集団行動は、平和で豊かな社会に生きる個人主義者たちには、時として理不尽なものと考えられます。「なんでメシをひとりで食ったら、あかんねん」、「どうして、わざわざみんなと風呂に入らなければならないのか」という問いは、金に飽かした生活に耽る平和ボケした個人主義者には、なかなか理解できるものではありません。しかし、平和で豊かな社会がいつまでも続くものではない(歴史はそれを私たちに教えます。)ことを意識している賢い教員たちは、子供たちが危機に瀕したときにちゃんと生き延びることができるよう、危機に備えた教育を子供たちに贈ります。

今から80年前、ドイツでヒトラーが急速に反ユダヤ政策を進めるなか、子どもたちに生き残るための教育を提供し続けたユダヤ人女性教師がいました。レオノラ・ゴールドシュミット先生です。彼女は、ナチス政権下で奇跡的にユダヤ人のための学校を設立し、子どもを救うために奔走します。1934年、ベルリン。ユダヤ人への弾圧は教育の現場にも暗い影を落としていました。ユダヤ系の教師は公立学校から解雇され、反ユダヤ主義が国の基本方針として公然と教えられるようになっていたのです。ドイツ人として社会に溶け込んでいたユダヤ系の子どもたちは、激しい人種差別によって行き場をなくしてしまいます。他のユダヤ系教師と同じように職を失ったレオノラ・ゴールドシュミットは、子どもたちが学べる場所を確保しようと決意します。彼女は、さまざまな手を尽くし、持ち前の機転で学校の開設にこぎつけました。そして、ユダヤ人が生き残る術はドイツ国外への脱出しかなくなると予想していたレオノラは、あらゆる手段を使って学校と生徒たちを迫害から守り、彼らに未来を切り開く術を与えようと奮闘するのです。

ゴールドシュミット先生のように、「持っている知恵と財産を惜しみなく差し出して、子供たちの未来のために身体を張ることのできる人物」を「成熟した大人」と言うと指摘したのは哲学者の内田樹です。内田先生に拠れば、司法・医療・信仰・教育の4分野は人間の生存に欠かすことのできないもので、そこには「成熟した大人」が必ず存在しなければならない、というのです。この4分野のうち、主に教育(場合によっては信仰と教育)とを引き受けているのが「学校」です。そして、4分野それぞれを担う人材を育成する機関が「大学」です。ですから、まっとうな学校と大学では、教員たちが「持っている知恵と財産を惜しみなく差し出して、子供たちの未来のために身体を張る」という仕事を日々行っています。そのような仕事は、とても地味なものなのですが、子供たちにとって非常に大切です。

そのような仕事を生業としている教員たちが、未来の教え子に宛てて贈り届けるのが、入学試験であるとするなら、入学試験で教員は(国語でも数学でも、他の科目でも)、生きる力を高める必要性があることを子供たちに宛てて説明しているはずです。実際、私はそのような教員を何人も知っています。

長い目でものをみると、そのような感覚を養い、鋭くするために、小学校・中学校・高等学校のカリキュラムは作成されています。ですから、学校・大学の入学試験もそのような感覚を鋭くもった生徒の方が上手く解答できるように作られがちです。問題集を解くだけでは必ずしも身につかない、子供たちにとって大切な感覚をはぐぐむ、そのような夏合宿になることを目指して4日間旅立ってまいります。

最後になりましたが、合宿に参加される生徒のご家庭のみなさまにおかれましては、さまざまなご支援・ご協力、大変ありがたく思います。重ねて、感謝申し上げます。

合宿後、子供たちがひとまわり大きくなって帰宅されるのを楽しみにしていてくださいませ。

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