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2013年7月11日

吉本ばなな『キッチン』(角川文庫)再読

master (2013年7月11日 17:46) | トラックバック(0)
こんにちは、穎才学院です。じりじりと暑い日が続きます。お水やスポーツドリンクなど、水分をたくさんとって、熱射病に注意しましょう。みなさま、お体にお気を付けて。

さて、吉本ばなな先生の『キッチン』を読みました。

私がこの世でいちばん好きな場所は台所だと思う。

世の中の「料理好き」には、「料理のできる自分が好き」な人と「生きるために食べる料理をつくるのが好き」な人とがいる、と私は思っています。では、あなたの身のまわりにいる「料理好き」な人がどちらのタイプか見分けるためにはどうすればよいのか、と言うと、「台所」でのその人の様子を見れば良いでしょう。どのように食材を買うか、ということから始まって、どのように洗い物をしたり生ゴミを処理したりするか、ということまで、その人が「どのように料理をしていているか」を見ると、その人のことがよくわかります。「料理のできる自分が好き」な人は、出来上がった料理がどれくらい見栄えよく美味しいものだと思われるか、料理を作った自分がどれくらい魅力的な人間だと思われるか、ということに執心するので、台所は雑然としています。汚いというよりは、使い方が下手くそという感じです。そのような人は、料理をするときに、可愛らしいワンピースを着たり、不自然に肌の露出の多い恰好の上からエプロンを身に付けたり、料理をするという行為とそれに臨む姿勢とがチグハグなことも多いです。「MOCO'Sキッチン」のもこみち君は、あえてそういうキャラクターを演じているのだと思います。彼は、俳優ですからね。一方、「生きるために食べる料理をつくるのが好き」な人の料理の仕方には、無駄がありません。買い物からごみ処理に至るまで、無駄なくテキパキと進めていきます。だから、時間も節約されますし、出るゴミの量もすごく少ないのです。料理をする姿も見ていて凛として美しく、食べる前から出来上がる料理がおいしいことが伝わってくるようです。これは、男性にも女性にも、料理の作り手にはすべからくあてはまることだと思います。

「キッチン」および「満月―キッチン2」の語り手「私」は、まぎれもなく「生きるために食べる料理をつくるのが好き」な人です。2つの物語では、「生きるために食べる料理」によって人が癒されるということが丁寧に物語られます。「キッチン」なら夜中の台所で作る「ジュース」と「ラーメン」がそれにあたり、「満月―キッチン2」なら「カツ丼」がそれにあたります。

料理を作ることも食べることも、私たちの身体の感覚と深く関係のあることです。「生きるために食べる料理をつくるのが好き」な人と「生きるために料理を食べるのが好き」な人は、料理を作ることや食べること以外についても、身体の感覚を大切にすることが多いです。おそらく、吉本ばなな先生もそのような身体の感覚の鋭い方なのだ、と思われます。そのような作家は説明が上手く、部屋のありさまを描写しても、登場人物の様子を表現しても、読み手にとり読みやすい文章を書くことができます。一流の料理人の作る料理は、総じて客にとり食べやすいものである、と言われますが、このような点でよい料理とよい文章とは似ているところがあるように思います。

「本当にひとり立ちしたい人は、なにかを育てるといいのよね。子供とかさ、鉢植えとかね。そうすると、自分の限界がわかるのよ。そこからがはじまりなのよ。」

「えり子」さんが「私」に語った言葉です。

「まあね、でも人生は本当にいっぺん絶望しないと、そこで本当に捨てらんないのは自分のどこなのかをわかんないと、本当に楽しいことがなにかわかんないうちに大きくなっちゃうと思うの。」

(中略)いやなことはくさるほどあり、道は目をそむけたいくらい険しい……と思う日のなんと多いことでしょう。愛すら、すべてを救ってはくれない。それでも黄昏の西日に包まれて、この人は細い手で草木に水をやっている。透明な水の流れに、虹の輪ができそうな輝く甘い光の中で。

「虹の輪ができそうな輝く甘い光の中」に包まれて、子供や植物などと、共に生きる。よく生きるということについて、あるいは楽しく暮らすということについて物語るのに、このテクストを補う言葉は必要無いように思います。

よく生きるとはどういうことか、功利主義経済学的に演算してテスティファイするのではなく、このようなテクストを読んで

「わかる気がする」

と思える身体の感覚。

そんな感覚を持つ人と暮らすことは、私たちにとり、とても癒されることだろうと思います。

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