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2010年3月24日

【源氏物語 現代語訳】桐壺(光源氏の誕生)2

master (2010年3月24日 16:06) | トラックバック(0)

 前世においても、ご宿縁が深かったためであろうか、世間で比べるものが無いほど美しい玉のような男皇子までもが生まれなさってしまった。帝は、はやく会いたいと待ち遠しくお思いになって、急いで(他の者に命じて)皇子を参内させて御覧になったところ、言いようもなくすばらしい美しいご容貌である。第一皇子は右大臣の娘である女御が生みんさったお子さまで、後ろ盾の勢力が強く、「間違いなく皇太子におなりになる宮様である。」と
世間では大切にお世話し申し上げているが、弟宮の美しさにはとてもお並びになることもできそうになかったので、帝は(第一皇子を)一通りの大切なお方とお思いになるだけで、この弟宮のほうを、ご秘蔵の皇子として愛し大切になさることこの上ない。
 はじめから普通の帝のおそば勤めをなさるような身分ではなかった。世間からの信望もまことに重々しく、身分の高い人のように見えるけれどむやみにおそばにお置きになるあまりに、しかるべき管弦の遊びのときや何事であれ風情のある催しのある折にはいつも、真っ先におよびだしになる。ある時には、寝過ごされて、そのままおそばにご奉仕させなさるなど、度をこして帝のおそばにいつもいるように扱いになさったので、自然と軽い身分のように見えたのだがこの若宮がお生まれになって後は、格別に配慮なさり、その取り扱いを決めになさったから「皇太子にも、もしかすると、この若宮がお立ちになることになりそうだ。」と、第一皇子の母親である女御は疑っておいでになる。他の后方より先に入内なさっていて、帝が弘徽殿の女御を大切な方とお思いになるお気持ちは並々でなく、皇女たちおいでになるので、このお方のご意見だけは、やはりうるさく、つらくお思い申していらっしゃるのだった。おそれおおい帝のご寵愛をお頼み申し上げるものの、さげすんだり、欠点をお探しになる方は多く、自分自身は病弱でなんとなく頼りにならない状態なので、かえってご寵愛がなかった方がよかったなどと、気苦労をなさる。お局の名前は桐壺である。

※教科書によっては、最後の部分がどこまで収録されているか異なります。ご確認ください。

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