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2010年2月25日

【土佐日記 現代語訳】帰京

master (2010年2月25日 18:28) | トラックバック(0)

 家に着いて、門をはいると、月が明るいので、実にはっきりと様子が見える。聞いていたよりも、言いようもなくひどく壊れ傷んでいる。家に託してあった人の心も、すさんでいたのだったよ。隣との境の垣はあるが、一つ屋敷のようなので、望んで預かったのである。それでも、ついでごとにお礼の物も絶えずやっていたのだ。今夜は、「こんなこと。」と、大声で言うこともさせない。実に薄情に見えるが、謝礼はしようと思う。さて、池のようにくぼんで、水がたまっているところがある。そばに松もあった。5・6年のうちに、千年もたってしまったのだろうか、一部分がなくなってしまっていた。新たに生えたのが混じっている。大部分がみな荒れてしまっているので、「ひどい。」と人々が言う。思い出さないことはなく、恋しく思う中で、


この家で生まれた女の子が、一緒に帰らないので、どんなに悲しいことか。

同じ船で一緒に帰京した人たちもみな、子どもが群がり集まって騒いでいる。こうした中に、やはり悲しさに堪えきれず、ひそかに気持ちを理解してくれる人と詠み交わした歌には、

生まれた子も帰ってこないのに我が家に小松が生えているのを見ることの悲しさよ、

と詠んだ。まだ詠み足らないのだろうか、また、このように詠んだ。

亡くなった子が松のように千年も見ることができたら、遠い土地で悲しい別れをすることがあっただろうか、そんなことはなかっただろうに。

忘れがたく、残念なことも多いが、書き尽くすことはできない。とにもかくにも、早くきっと破ってしまおう。

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